なぜ私は「訪問看護が最高の看護」と言い切れるのか〜すべての経験が、ここで生きる〜
- 管理者

- 2025年9月6日
- 読了時間: 4分
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「病棟と訪問、どっちが大変ですか?」
「やっぱり訪問って孤独じゃないですか?」
こんな質問を受けるたびに、僕は少し微笑んで、こう返します。
「訪問看護こそ、看護師のすべてが問われる場所だと思います」
言い換えれば、“最高の看護”ができるフィールド。
”最高の看護”の、”最高”とは下記のように定義します。
・看護師にとっては”高レベルの対応力が必要”ということ。
・利用者にとっては”自宅で超最適な療養環境で看護提供を受ける”こと
今日はその理由を、語らせてください。
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■ ① 五感すべてがフル稼働。経験も知識も“全部使う”
訪問看護では、処置も観察も説明も、すべて1人で完結させなければいけません。
頼れる医師も薬剤師も、隣のベッドもありません。
そこにあるのは、ご本人の人生と、家の空気と、家族のまなざし。
だから、看護師のあらゆる引き出しが必要です。
•「あれ?この表情、先週と違う」
•「いつもより冷蔵庫の中が空だな…食欲が落ちてる?」
•「ご家族の返事が上の空だ。もしかして疲弊している?」
聴く力、見る力、感じ取る力、察する力…
病棟での経験すべてが、在宅でフル活用されます。
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■ ② 教科書の“正解”より、その人にとっての“最適解”
訪問看護に正解はありません。
あるのは、「この人にとって、今日この瞬間、何が最適か?」という問いだけです。
たとえば…
•血圧が高くても、あえて服薬を遅らせて外出を優先したり
•皮膚トラブルに対して、市販薬を組み合わせて対応したり
•最期の数日を、点滴よりも家族との会話を優先したり
病棟だったら“NG”かもしれないことが、
在宅では“生き方を守る判断”になることがある。
これが、訪問看護の奥深さ。
ルールを破るんじゃない。【その人に寄り添う“理由ある選択”を重ねる】
これが大事。
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■ ③ “関係性”を築く力が、ケアの質を決める
訪問看護で最も重要なのは、「信頼関係」です。
病院のように「決まった時間」「決まった流れ」じゃありません。
今日はおしゃべりが止まらない日かもしれないし、
明日は「もう来なくていい」と言われるかもしれない。
でも、訪問を重ねるうちに、
利用者さんが言ってくれるんです。
「あなたが来ると、安心する」
「顔を見ると、ほっとする」
「じゃあ、来週も待ってるね」
この“関係性”こそ、訪問看護職員が持てる最大の武器。
点滴がなくても、吸引がなくても、医療的行為がなくても
そこに“あなたがいる”ことがケアになる。
ケアの定義が病院と在宅で変わってくるのかもしれません。
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■ ④ チームプレーの“見えない連携”がすごい
訪問看護って、一人で行動してるように見えて、実はチームプレーの塊です。
•担当者会議でケアマネと今後の支援をすり合わせ
•医師に微妙な変化を電話で報告
•訪問介護と入浴日程を調整
•相談員と緊急時の対応ルートを確認
全部、**裏で張り巡らされた「つながりの技術」**があるからこそ成り立っています。
個人技だけじゃない。
チームの中で、「私は何ができるか」を考え続ける力が磨かれる。
それがまた、看護師としての視野を広げてくれるんです。
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■ ⑤ 最後に立ち会う“重み”と“誇り”
看取りの瞬間に立ち会うこともあります。
静かに、穏やかに、息を引き取るそのとき。
「ありがとう、ここで最期を迎えられてよかった」と
ご本人やご家族に言っていただけることがあります。
僕たちは、ただ医療を届けてるんじゃない。
「その人の人生のラストシーン」を一緒に作ってるんです。
これができる看護の現場って、少ないんじゃないかなーと思うんです。
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■ まとめ:「最高」って、たぶん“全部ある”ということ
訪問看護には、
知識も、技術も、判断も、対話も、哲学も、全部詰まっています。
“訪問=病棟よりゆるい”なんて思ってた昔の自分に言いたい。
**「お前、訪問看護をゆるい現場と思ってちゃダメよ」**と。
だけど同時に、
**「お前、こんな面白い仕事に出会えてラッキーだったな」**とも言いたい。
訪問看護は、“最高の看護”です。
だって、ここにしかない看護が、確実にあるから。
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