病院では味わえなかった。「一人の人生に深く関われる」訪問看護という仕事
- 管理者

- 1月14日
- 読了時間: 2分
看護師として働いてきて、「自分はちゃんと看護ができているのだろうか」
そんな疑問を、一度も持たなかった人は少ないと思います。
病院では、目の前の患者さんを必死に看ている。検査値も、治療も、ケアも、全部やっている。それでもどこかで、「この人の人生の一部しか見えていない」という感覚が拭えなかった。
訪問看護に出て、最初に衝撃を受けたのはそこでした。
玄関を開けた瞬間に見える生活。
壁に飾られた写真。
使い込まれた湯呑み。
家族との距離感。
その人が、どんな時間を生きてきたのかが、言葉より先に伝わってくる。
訪問看護は、病気だけを診る仕事ではありません。
「その人の人生に、看護として関わる仕事」だと思います。
ある利用者さんが、何気なく言いました。「先生たちはね、私の“家に来てくれる”から安心なの」
この一言は、今でも忘れられません。治療をしているからではない。医療行為をしているからでもない。“生活の場に来てくれる存在”であること自体が、看護になっていると気づかされた瞬間でした。
訪問看護は、効率は決して良くありません。
一人ひとりに時間がかかる。判断も多い。責任も重い。
それでも、「あなたが来てくれてよかった」この言葉を、真正面から受け取れる仕事です。
病院では役割の一部だった自分が、訪問看護では“その人の看護師”になる。
だからこそ、楽しい。だからこそ、しんどい。でも、だからこそ、やめられない。
訪問看護の楽しさは、派手さではありません。静かで、深くて、確かな手応えです。
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